数日後、凱旋祝賀の晩餐会の席でエジプトの王(ファラオ)は、
自分の体が病に蝕まれもう長くはないこと、
その前に娘アムネリスにエジプトを託すために
1週間後にアムネリスと結婚するよう、ラダメスに言い渡します。
幼い頃からラダメスを慕っていたアムネリスは大喜びしますが、
未知の世界に憧れ続け、まだ冒険を続けたいラダメスは困惑します。
ラダメスの愚痴を聞いたアイーダは
「自分の運命が気に入らないなら変えればいい。
あなたは誰にも支配されていないわ、そうでしょう?
この卑しい奴隷に同情を乞うなんていい気なものね!」
と彼を叱咤します。
自分の過ちに気づいたラダメスはそれを素直に認め、
その潔さに逆に驚かされたアイーダ。
二人はお互いを認め合い次第に惹かれあっていきます。
その頃ヌビア人奴隷の間では、
自分たちの王女アイーダが生きていることは
密かにうわさになっていました。
奴隷収容所を訪れたアイーダに、
「リーダーになってほしい」と奴隷たちは懇願します。
向こう見ずな自分は指導者にはなれない、と
固辞するアイーダですが、説得され
ついに指導者としての立場を受け入れます。
一方ラダメスは、アイーダの言葉どおり
気に入らない運命を変え、自分に正直に生きることにし
アイーダに愛を打ち明けます。
アイーダもそれを受け入れ、愛を確かめあう二人のもとに、
ついにヌビア王を生け捕りにしたという報告がはいりました。
そのころラダメスの父でエジプトの宰相・ゾーザーは、手下とともに
密かにファラオを毒殺する計画を実行していました。
彼は国を手中におさめるために、
ラダメスとアムネリスの結婚を進め、
自分の思い通りに動かそうとします。
そんな父に抗い、結婚はしないと言い切るラダメス。
ゾーザーは、息子がそんな風になったのはアイーダが原因と考え
アイーダを殺すよう手下に命じます。
しかし殺されたのは身代わりとなって名乗り出た、
アイーダの侍女ネヘブカでした。
牢獄で処刑を待つ父王アモナスロと面会したアイーダは
ラダメスとアムネリスの結婚式の騒ぎに乗じて
エジプトを脱出する計画を立てます。
その計画をラダメスに話し、
アムネリスと結婚するよう説得するアイーダ。
「二度と会えなくても、アイーダが無事で生きていてくれるなら」と
ラダメスも計画を受け入れました。
しかしそれを物陰からみていたアムネリスは、
全てを知ってしまいます。
そしてラダメスとアムネリスの結婚式。
計画通りアイーダとアモナスロは隙を見て逃げ出します。
しかし追っ手に追いつかれ、アモナスロだけは逃げられたものの
アイーダとラダメスは捕らえられます。
国を裏切ったものへの罰は死刑。
裁判の席で、アムネリスは国を担う新しい女王として裁定を下します。
「この者たちをエジプトの砂の下に埋めよ。――ともに」
真っ暗な石室に閉じ込められ、
生き埋めにされた二人は語り合います。
「ナイルが湾曲した先に新しい世界が待っているように
きっと新しい世界が自分たちを待っている」
「100回生まれ変わっても、新しい世界で私を見つけられる?」
そして舞台は再び冒頭の博物館へと戻ります。
石室の前で出会った男女は、
惹かれあうように歩み寄っていきました…。
おしまい。1回目の観劇の前は
ミュージカル版はほとんど予備知識がなかったので
「なんでディズニーでアイーダ?映画になってないじゃん」
「ヴェルディのオペラは面白かったけど、
ミュージカルであんな感じになるの?」
「アイーダといえば(私の中では)凱旋行進曲だけど、
凱旋行進曲も使われるの?」
「アムネリスとアイーダの間に友情が芽生えるって…
ほんとに?そんなんやっていいの?」と
行く前はいろいろ思っていましたが…
音楽やストーリーはもちろん、舞台美術がすごくいいです!
ブログパーツにもありますが、影絵でのナイルの夕暮れとか、
河(の絵が描いてある布)がラダメスのテントになるところとか。
ミュージックナンバーはどれもいいのですが
『勝利ほほえむ』『私は知っている』
『お洒落は私の切り札』『儚い喜び』
『ローブのダンス』『どうもおかしい』
『迷いつつ』『どうしたらいい』が
特に好きです。
1回目の観劇のあとに、ブロードウェイ版のCDを買って
ずっと聴いていました。やっぱり元は英語の歌だし…
日本語版CDを聴いたのはだいぶ経ってからだったので、
日本語歌詞をメロディに無理やり当てはめていて
不自然なのばかり気になったのですが…
(ライオンキングやエビータは日本語でも違和感ないのに)
その後2回目に舞台を観たら全然違和感がなかったから不思議です。
『私は知っている』の「だ〜まりなさ〜い〜!」とか
『儚い喜び』の「まぁったく別世界の〜人間なのに〜」とか
ただCDを聴いているだけだとかなり無理があると思うんですけど…
ゾーザー軍団かっこいい!
『エビータ』の軍人、
『夢から醒めた夢』の霊界空港職員、
『李香蘭』の関東軍、
『ライオンキング』のハイエナなど
大人数でのダンスが揃っているのはかっこいいなあ。
ただゾーザーの歌だけはあまり迫力がなかったです。
1回目は「お洒落は私の切り札」でのファッションショーに
度肝を抜かれました。
ああいう明るい雰囲気はいいですね。
アイーダの侍女で身代わりになったネヘブカがすごく可愛くて
2回目はアイーダたちよりもひたすらネヘブカに注目していました。
アムネリスの侍女役などアンサンブルもされているんですが
(あれはネヘブカとしてではなく、侍女役としてですよね?)
アンサンブルの中でもネヘブカ役の役者さんは特に
動きがきりっとしているので目立つしかっこいいです。
アイーダの身代わりとなって「私がアイーダです」と名乗り出る前も
「アイーダ様をこんなところで死なせるわけにはいかない、
けど自分が身代わりに名乗り出たら、確実に殺されてしまう…」と
葛藤しているのか、
うつむいてプルプルしていたのがすごく印象に残りました。
1回目はそこまで細かく観ていなかったので、
たまたまかもしれませんが…
ラダメス付きの召使メレブ(幼いころヌビアから連れてこられた)も
ちゃっかりしていて、
でもヌビアに帰るという希望をあきらめない一途さが
結構好きなのですが…
役者さんの開口法がきつすぎて、聞き取りやすいけど逆に違和感。
棒読みみたいに聞こえるんですもの…
死ぬ間際の「ヌビアに、帰りたかった…」も、
もう少し感情をこめて言ってくれればもっと感動するのに…
それでも毎回あそこが一番感動するんですが。
1回目に観たときは
アイーダとラダメスの恋物語よりもむしろ
わがままお姫様アムネリスの成長物語という印象が強かったです。
お洒落にしか興味がないお姫様が
アイーダと出会ったことで(?)
だんだんと自国や周囲のことに目を向けるようになっていきます。
その過程で、自分の豪華生活やお洒落は
誰のどんな犠牲の元になりたっていたのか
それは間違っていたのではないかということに気がつきます。
そして最後には、国を治める女王として愛する人と親友を裁く。
まさに“泣いて馬謖を斬る”ですよね。
2回目は1回目より恋物語に注目したものの、
それよりもネヘブカ!ネヘブカ!(すっかりファン)だったし…
逆にちょっとこれは…と思ったところ。
「大人のためのミュージカル」と銘打つだけあって
ラブシーンが多かったので、
ほかの観客(家族連れとか)に対して
何故か何となく気まずく感じました。
あそこまでラブシーンを生々しくしなくてもいいと思います。
だってラダメスとアイーダが抱き合ったあと
ラダメスはアイーダの腰やお尻を撫で回しているんですよ!
アイーダはアイーダでラダメスの服を脱がすし!
それから一旦暗転して、
そのあと地面に寝そべった二人が
「…寒いのか?」「毛布の一枚や二枚残しておけばいいのに」ですよ!
あんたら外でなにやってんの…(私の深読みしすぎ?)
普通に抱き合って暗転、二人が座って語り合ってる、だけでいいのに。
そもそもこのお話に何か違和感を感じるのはなぜか、
理由を考えたのですが
“アイーダとアムネリスの友情”を
オペラ版とは違うんだぞと
ミュージカル版の目玉の一つにしている割に
その描写が薄いのが原因かなと思います。
アムネリスは、物怖じせず自分の心情をわかってくれるアイーダに
「命令じゃない。友人としてお願いしてるのよ」と
友情を感じていきますが…
じゃあアイーダのほうはというと。
アムネリスを友人だと思っている描写が全然ないんですよね。
ラダメスとの愛を取るか、
ヌビアの人々との約束をとるかで悩むのはあっても
ラダメスと愛し合うことでアムネリスを裏切ることについては
全く悩んでいません。
アムネリスは一応ラダメスの婚約者でもあるんですが…
ラダメスが自分を選んでくれたならもうそれでいいの?
最後に「(自分がヌビアの王女であることを)ずっと打ち明けたかった」と
アムネリスに告白していますが、そんなそぶりなかったよ…
ポスターなどで使われているキャッチコピーが
「愛か、死か。囚われの王女アイーダの物語」なのですが
これは変だと思う…
愛と死は二択ではなく、
愛を選んだ結果、死につながったんですよね。
むしろ「自分の心を偽って生きるか、愛→死か」
という感じだと思うんです。
キャッチコピーなんてインパクトがあればいいんでしょうけど…
………
ヴェルディのオペラ『アイーダ』といえば
(私もあまり詳しくないけど)
サッカーにも使われている『凱旋行進曲』が有名ですよね。
物語の始まりからアイーダはすでにエジプトの奴隷で、
ラダメスと恋仲になっているので
その辺がヴェルディ版と違っているのもいいです。
最初と最後が現代の博物館のシーンなのも感動。
パンフレットの製作サイドのコメントで
「愛には二人の命を救うだけの力はなかったけれど
少しずつ社会を変えていき
何千年かあとに二人を再び巡り合わせるだけの力はあった」
という内容がありました。
正にこのミュージカルを端的に表していますよね。
すごく印象に残った言葉です。
いろいろ不満もあるけどやっぱり好き。
10月と12月にも観にいく予定です…
まだ先ですが、ネヘブカ役の人が代わっていないといいな。